ポーラ(POLA)  美白製品開発 歴史

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ポーラ(POLA) −日本初の美白製品誕生とその後の歴史

ポーラ(POLA) は,1951年に美白クリーム、ペキュリアコールドを誕生させました。これが日本で初めての美白を目指した化粧品です。ポーラは、古来から日本にあった「白い肌=美人」という美的感性、伝統文化を大切に考え引き継ぐことで、日本人の持つ肌の美しさを未来へとつなげています。

化粧品のオリンピックで最優秀賞4回

欧米人と異なり、皮膚が薄くて繊細な日本人の肌をいつまでも美しく保てるように、日本人にあった肌つくりができる化粧品やスキンケアアイテムを開発し続け、ビタミンC誘導体を業界初で化粧品に配合させたり、新しい成分ルシノールR開発等々の結果、国内の数々のベストコスメ受賞延べ16回にとどまらず、美白製品のオリンピックと言われるIFSCC(国際化粧品技術者連盟)でエッセンス・ホワイトショットCXが美白で最優秀賞を受賞!

美白で最優秀賞を受賞したのはこの時が世界初で、POLAの美白製品の品質の高さを世界が認めたと言えます。これを含めて最優秀賞を4回、優秀賞を2回、計6回も受賞しているのは、業界を常にけん引してきたポーラ(POLA) の底力を感じます。

 

肌の白いは七癖隠す

年配の女性は、「肌の白いは七癖隠す」とよく言いました。肌の美しささえあれば、他の欠点も補って余りあるという意味です。それくらい女性の白くキメが整った肌は、高い評価を受け誰からも羨ましがられる存在でした。

 

江戸時代の女性

古くは日本書紀にも持統天皇が白粉を贈られて喜ばれたと書かれているように、飛鳥・奈良時代に伝わった白粉は、平安時代には高い身分の人だけに許された貴重な美肌アイテムとして、また貴族階級のステータスシンボルとして珍重されていました。
庶民の間に使用されるようになるのは江戸時代。透き通るような白い肌は裕福になった町人階級にも広まり、女性の身だしなみの1つへと発展していきます。

 

縄文型と弥生型でシミのできやす差が違う−あなたはどっち?

日本人は、もともと日本列島に住んでいた縄文人と大陸から渡ってきた弥生人の遺伝子を持っていると言われていますが、この縄文人と弥生人のどちらの特徴を多く持っているかで、シミができやすいタイプか、できにくいタイプかが大きく異なることがわかってきました。

 

POLAと国立科学博物館の共同研究によって、メラニン生成に関わるMCIR遺伝子を調べると、縄文人の要素が多いほどシミリスクが高くシミができやすいことが解明されたのです。その差はなんと15歳ほどもあるそうです。弥生人タイプより15歳も早くシミができるなんて、ちょっと悲しいお知らせですね。

 

さて、あなたはどっちのタイプでしょう?

縄文人と弥生人

〇髪の毛がくせ毛、ややくせ毛である

〇両眼を閉じずにウィンクができる
〇両目とも二重である
〇しっとりタイプの耳垢

 

この項目で当てはまる数が多いほど、縄文人の要素が多いそうです。「私は縄文人タイプ」と思ったら、シミができやすいので気をつけたいですね。
美白に高い評価のあるポーラ製品でケアしてみるのも良いかもしれません。